色のアラカルト:日本人の青と緑② 古事記のアヲ(上)

日本人の青と緑②


前回は「明暗顕漠」について紹介しましたが、今回は色に名前がついてからの具体的なアヲの用例を見ていきます。


色名の登場

色名の初登場は古事記です。
中でも上巻の神話での記述については、形の上では日本最古の色名と言えます。
このようなものです。

●白丹寸手(しらにきて)・青丹寸手(あをにきて)
●赤加賀智(あかかがち)
●黒き御衣(みけし)
●鴗鳥(そにどり)の青き御衣(みけし)

ひとまずは「明暗顕漠→赤黒白青」の4種が出揃っています。
早速、神話のアヲを探ってみましょう。


白丹寸手・青丹寸手

これらは天照大御神(アマテラス)が天の岩戸に隠れてしまった際に、布刀玉命(フトダマ)が持ったアイテムの説明文に出てきます。
天宇受賣命(アメノウズメ)が躍る有名なシーンですね。


(枝年昌 作「岩戸神楽之起顕」PD)

白丹寸手、青丹寸手は日本書紀に「白和幣(しらにぎて)」「青和幣(あをにぎて)」と表記されています。こちらの方が一般的かもしれません。
白和幣は楮(こうぞ)や木綿で、青和幣は麻で作られていて、上の画像でもわかりますが、平たい紐状の物になります。

榊の枝に八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と八咫鏡(やたのかがみ)を掛け、下の方の枝からこれらを垂らしたとされています。

よく見ると白い紐の房と少し茶色がかった紐の房があるように感じませんか?
ほんのわずかですが、この画家は差をつけている気がします。

おそらく、より白く見える方が白和幣だと思いますが、いずれにしても青和幣に青みを付けた感じはありません。
どうしてこれが青和幣と呼ばれたのでしょう?

麻」は植物の表皮や葉茎などから採取される繊維の総称ですが、古くから神事で使われているのは大麻草から作られるものです。 

大麻草は下の画像のような植物で、茎の皮が利用されます。
当然ですが、加工前は青々としています。
 

「青和幣」に至るまでは、ある程度緑色が残った状態で工程が進みます。手作業の場合は今も昔もあまり変わらないようです。
下の画像は「麻挽き」という、茎の薄皮を剝ぐ作業の画像なのですが、まだ黄緑に近いです。
 

「麻挽き」が終わり、乾かすと精麻(せいま)が完成します。
綺麗な黄金色です。

 
(画像提供:大麻博物館)

ここから数多くの工程によって糸が作られ、布になるのですが、やはり先ほどの絵の青和幣はこの状態のような気がします。

色が濃いところに緑色がほんの少し残っているでしょうか。
畳と同じように光が当たると自然に色が抜けていくのかもしれません。


「大麻」は「おおぬさ」とも読み、「おおぬさ」は
お祓いに使用する祭具を指します。
今でも榊に紙垂や紐を垂らすスタイルの「大麻」が神事で使用されていますが、麻を使う場合は布ではなく、精麻の状態で用いられています。

下の画像は伊勢神宮での大祓(おおはらい)の儀で使用されている大麻です。
精麻が使われていることがわかります。


(画像提供:神宮司庁)

青和幣が布であるという記述は多いです。さらに「麻で作った布は青みがかっている」という説明も数多くみられます。
ただ、実際には敢えて外皮を付けたまま作業していかない限り、画像の通りほぼ茶色になります。

敢えて外皮を付けたままの麻を使用していたということもあり得るとは思いますが、神宮での状況から大昔より黄金色の精麻が使われていたと考えたいです。

そうしますと、定かではありませんが、
 ●原材料である大麻草の緑色
 ●精麻までの工程で見られる黄緑色
の様子を「アヲ」と表現したと考える方が自然です。


編んだ布であるか精麻であったか、あるいは外皮を付けたまま加工していて最終形が青みを帯びていたかはわかりませんが、いずれにしても青丹寸手のアヲは葉緑素の緑と考えて問題ないでしょう。



鴗鳥の青き御衣

これは大国主命(オオクニヌシ)が歌ったフレーズに登場します。
「黒き御衣」もここで出てきます。

簡単にこの場面を説明しておきましょう。

オオクニヌシには須勢理毘売(スセリビメ)という正妻がいましたが、その前にも妻がいましたし、その後も多くの妻ができました。
古事記によると、オオクニヌシの子は180柱だそうです。

そんな中、新たに沼河比売(ヌナカワヒメ)と結婚をしますが、
嫉妬深いスセリビメが激怒したため、オオクニヌシは出雲から大和国へ逃げ出そうとします。

その際に「黒い正装も、青い服もダメで似合わない。出雲の二人の畑で育てた木の染料で染めた服が一番いい。出て行っても泣きはしないとお前は言うが、ヤマトにいてもススキが一本だけ濡れているのを見れば、そこにお前の姿が重なるだろう」などと適当になだめて出発しようとするのです。

この青い服が「鴗鳥(そにどり)の青き御衣(みけし)」=「鴗鳥の羽のようなアヲい着物」と表現されているのですが、鴗鳥とはカワセミのことになります。

カワセミの羽は美しい構造色を持ち、光の当たり方によって異なる見え方をします。
 
 

青~緑です。
光の加減で大きく変化するため写真ごとに差はありますが、これは「アヲ」で当然ですね。

他のカワセミの写真もたくさん見ましたが、総じて直射日光が当たっていると緑に、日陰だと青く見えるような気がします


「そにどりの羽のようなアヲ」という例えには、明らかに美しさを強調する意図が感じられます。非常に綺麗な鳥です。

また、この「そにどり」から、そにどり→にどり→みどり
となったという説もあるそうで、本当にこれが緑の語源だとすると「鴗鳥(そにどり)の青き・・」という表現は実に複雑なものです。

もちろん時代の特定はできませんが、712年よりも前にこれを「アヲき羽」としていたことだけは間違いありません。


その後、オオクニヌシの歌を聞いたスセリビメは「女の私にはあなたのほかに夫とする人はいない」と歌い返し、酒を勧めて出発を踏みとどまらせます。
そして、永遠の愛を誓い合い、二柱の神はそのまま出雲に鎮座することになりました。
出雲大社が縁結びの神としても知られている由縁です。



まとめ

今回は「文献上の日本最古のアヲ」について2種類紹介しました。

 ・青丹寸手のアヲは葉緑素の緑
 ・鴗鳥の羽のアヲは緑~青緑~青

やはり神話はロマンがありますね。


次回は、神話に見られるその他の「青」と、無かったはずの「黄」について考えます。




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当記事には筆者の推察が数多く含まれています。また、あくまでもInfigo onlineに興味を持っていただくことを目的としておりますので、参考文献についての記載はいたしません。ご了承ください。
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